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2007年01月18日

難しい試練の道を行く、、、

過酷な拘束や規則、要求をともなう厳しい修業があってこそ到達できる苦難の末の自由がある。

動作は何度も何度も同じかたちが繰り返される、しかしシチュエーション、状況はそうではない。技、テクニックは何かを築き上げる基盤、手段(サポート)でしかないからである。武道とは、現在目に映るものではなく、長年に亘って毎日毎日の厳しい心身の練磨から成るものである。

修行の目的は、入門する者に武技の練習を通じ、日々の生活態度と他人との接し方も同じ厳しさをもって、心身ともに向上を図ることにある。

今日我々が生きる社会で、このような態度、行動を取ることは容易でない、なぜなら価値感が変わっただけでなく、消滅すらしてしまったものもあるからである。

自分自身を変えて行くことはかなりむずかしい、しかし究極の満足は得られる。このような手本は結構感染するものである、何年か後には周りの人達の生活態度も変わっていくことに気づくであろう。
自己の主義と価値感とが調和した人生はなんとすばらしいことか。

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